橋下大阪市長の言動に拍手を送っているS君へ(4)

拝啓

 大変長くお持たせしました.前回の手紙から数ヵ月が過ぎてしまいました.

 前回の手紙では,教育の問題を取り上げました.英国では,「バウチャー制度」により教育に競争原理を入れることで,学校間の格差をますます広げ,下位校に通わざるを得ない貧困家庭の児童・生徒は取り残されることになり大きな問題があること,一方,フィンランドでは,テストや競争で追い立てないで,子どもたちが「自分のために勉強する」という意識を持ち,学ぶことの楽しさや興味・関心をふくらませ,やる気を起こさせる教育がなされていることを紹介しました.そして,「バウチャー制度」を後追いする「維新の会」の「教育改革」では,上からの命令には従順でものを考えない教師は育つかも知れないが,「高い専門性を持ち,自分の考えで行動する教師」は育たないという危惧を指摘しました.

 さてこれで橋下氏についての最後の手紙になります.橋下氏個人の資質について私の思うところを書くと言いましたが,人の悪口を書くのは正直にいってあまり気持ちのよいものではありません.しかし,橋下氏は今ではマスコミをにぎわす時代の寵児であり,そんな同氏を評価する上で大切なことを2,3指摘して置きたいと思います.第3極の目玉として何かとチヤホヤと取り上げるマスコミは,橋下大阪市長がどんなにひどいことをしているかを報道していません.このようなマスコミの報道姿勢の背景には,自公政権に愛想を尽かし,民主党政権にも裏切られた国民が期待をする勢力として,橋下氏を中心とする第3極を持ち上げようとする政治的意図が隠されています.しかし,自民党・公明党も民主党もこの第3極も,財界をはじめとした1%のための政治を目指すという点では変わりません.

 取り上げたいことの第一は,橋下氏は平気でウソが言えるということです.2008年の大阪府知事選の前年,知事選への立候補が取り沙汰されたなかで「2万%出ない」として不出馬を表明していました.その後,立候補の意志ありと報道され,マスコミ報道では出馬と否定に分かれるなか,12月11日午後までは否定していましたが,翌日の大阪府庁で行われた記者会見で出馬表明を行いました.「2万%出ない」は「絶対出馬しない」に近い表現でしょう.それが一夜にして「出馬表明」に変わるのです.出馬表明が12月12日になった理由は,「自公推薦だけでなく,財界の支援取り付けの確認ができるまで待っていたため」であると言われています.まわりの状況を見ながら,状況が自分に有利になれば,態度を豹変させて前言を翻したり,これまでの約束を簡単に反故にする(これらの点は後で同氏の著作で検証します). 機をみるに敏なのでしょうが,決して信頼の置ける人物ではありません.このようなウソを平気でつくことが出来るのが橋下氏なのです.期待を持って誕生した民主党政権が,結局,第二自民党であったことはすべての国民が確認済みですが,橋下氏が,第3極などではなく3年前に国民に愛想を尽かされた,財界の意向を汲んで1%のための自公路線の延長線上にあることも明確でしょう.第三自民党といってもよいでしょう
橋下氏についてもう一つ指摘しておきたい点は,自分勝手な独裁的体質です.今年の7月,橋下大阪市長は,大阪市職員の政治活動制限条例を大阪維新の会のみでなく自民党と公明党の賛成を得て成立させました.この条例は多くの憲法学者から憲法違反の疑いがあるといわれていますが,その「解釈・運用」の指針が市側から通知されています.それによれば,職員が「消費税増税反対」や「原発再稼働反対」などの国民的政治課題に積極的に取り組むことを禁止するとしています.一方,橋下氏は自身のツイッターで,公務員が自分の率いる「維新政治塾」に参加することは許されるとしており,まったく自分勝手な解釈を行っています.「維新政治塾」に参加することと「原発再稼働反対」などに積極的に取り組むことにどれだけの政治的な違いがあるのでしょう.むしろ一般の市民に取ってみれば「原発再稼働反対」の方が切実な問題といえるでしょう.橋下氏の考えは「選挙で選ばれた以上,何をやっても許される」ということなのかも知れません.

 最近,野田首相がTPP参加を民主党の公約として総選挙をたたかうという意味のことを言ったのに対して,「素晴らしいこと」,「野田総理の意見には賛成」と褒めるとともに,テレビのインタビューで「(マニフェストに書かなくても)政権を取れば,(TPP参加を)決めればよい」という意味のことも言っていました.また,民主党の公約に反して,消費税増税を進めた野田首相を「決定できる政治が行われている」と褒めたこともありました.橋下氏には,選挙公約(マニフェスト)は守るべき対象ではなく,選挙に勝ちさえすれば「ある意味の白紙委任」をもらったと自分勝手に「独裁的」政治を行おうとしていると言わざるを得ません.現にいま大阪市の中で行われていることは,職員に「消費税増税反対」や「原発再稼働反対」など国民的課題に取り組むことを禁ずるようなことです.地方から民主主義を奪おうということをしている橋下氏のこのような独裁的体質は,次の国政選挙以降には,場合によっては,日本全体に押し広げられることになりかねません.

 橋下氏は『最後に思わずYESと言わせる最強の交渉術 — かけひきで絶対負けない実戦テクニック』(2003年,日本文芸社)という本を出しています.その本の中で,「不当性や矛盾を相手に気付かれたら,感情的論争をふっかけて決めぜりふで,勝ちに持っていけばいい」と次のようにいっています.
(1)「交渉の途中で自分の発言の不当性や矛盾に気づくことがたまにある.運悪く相手に気付かれてしまったら仕方がない.こんな時,私がよく使うテクニックがある.相手に無益で感情的な論争をわざとふっかけるのだ」
(2)「さんざん話し合いを荒らしまくって最後に決め台詞に持っていく.『こんな無益な議論はもうやめましょうよ』『こんなことやってても先に進みませんから』自分が悪いのにこうやって終わらせてしまうのだ.これは有効だと思う.」
また,橋下氏は『図説・心理戦で絶対に負けない交渉術』(日本文芸社,2005年)という本も出しています.その本の表紙には「どんな相手でも丸め込む48の秘策!」「言い訳」,「責任転嫁」,「あり得ない比喩」,「立場の入れ替え」,「前言撤回」などの言葉が並んでいます.橋下氏はこの本の中で,相手を交渉で思い通りに説得するためには「実際には存在しないレトリックによる利益」を作為的に作り出し,それを有効に働かせるために「譲歩の演出法」が重要になると次のように説いています.

 「相手方に利益を与えるということはこちらの譲歩を示すということだ.譲歩とそれに伴う苦労は,徹底的に強調し,演出すべきだ.譲歩とはよべない些細なことであっても,さも大きな譲歩であるように仕立て上げるのである.そうすることで,相手方の得る利益が大きいものであると錯覚させることができるからだ.これも交渉の技術である」
これは人を騙すということですよね.そのテクニックを出版という形で世に出すということは,橋下氏が人を騙すということに少なくとも倫理的な後ろめたさを持たない人であることを示しています.こんなことを人前で堂々と言える人,レベルの低い人ですよね.少なくとも人の上に立つべき人ではありません.

 同氏の『まっとう勝負』(小学館,2006年)という本の中では,「(政治家は)自分の権力欲,名誉欲を達成する手段として,嫌々国民のため,お国のために奉仕しなければいけないわけよ」,「ウソをつけない奴は政治家と弁護士にはなれないよ!」,「ルールの隙を突いた者が賞賛されるような日本にならないと,これからの国際社会は乗り切れない」と,「ウソをつい」たり,「ルールの隙を突い」たり姑息な手段で世の中を渡っていくことを恥ずかしげもなく書いています.これが国際社会において勝ち抜いていくという橋下氏の路線です.とても正常な感覚とはいえません.

 橋下氏の政治家としての姿勢を端的に示す文章がこの本の中にあります.それは,「政治家を志すっちゅうのは,権力欲,名誉欲の最高峰だよ」という文です.彼は,国民のために政治をやろうとしているのではなく,自分の権力欲,名誉欲のために政治家としてやっていこうとしていることは明らかでしょう.

 権力欲や名誉欲に凝り固まった橋下氏は,地方政治から出発して,次の総選挙で「権力欲,名誉欲の最高峰」である国政の政治家を目指すことになるでしょう.そして,そのためにはウソを平気でついたり,感情的論をふっかけて決めぜりふをいったり,さまざまなテクニックを駆使して政敵や国民を騙しにかかってきます.

 橋下氏が行おうとしている政治が99%の国民のための政治ではないということは前回までの手紙で論じた通りです.橋下氏が組もうとしているのは,現時点(11月16日の午前)では流動的な面もありますが,東京都知事の仕事を無責任にも途中で放棄した石原氏です.この石原氏は「『軽薄』と『ウソつき』と『卑劣な小心者』とをこねて団子にしたような男」という定評のある最低・最悪の人物です(JSA福岡ホームページ 会員による読み物ページ第30話「石原慎太郎の天罰発言について」参照http://jsa-t.jp/local/fukuoka/articles.html).上で述べてきたように,橋下氏も石原氏と同程度のる最低・最悪の人物であります.マスコミではあまり取り上げないので状況を知るにはネット上の情報を探すなどの苦労が必要ですが,橋下氏が現在大阪においてどのような政治を行っているかを冷静に観察することを進めます.

 最後に,君のことだから,今の逆境をきっと切り抜けていってくれると信じております.その方向に向けての健闘を期待しています.


敬具

E.M

(2012/11/16)