憲法13条を知らなかった安倍首相

 去る3月末の参議院予算委員会において,民主党の小西洋之議員の質問「安倍総理,芦部信喜さんという憲法学者ご存じですか」に安倍首相は「私は存じ上げておりません」,「私は憲法学の権威でもございませんし,学生だったこともございませんので,存じ上げておりません」と答弁したという.

 芦部信喜(1923〜1999)は戦後の憲法学会をリードした憲法学者である.1993年に『憲法』という本を出版した.この本は第五版まで版を重ねて,いまでは憲法についての基本となる教科書である.いま法学部にいる学生が芦部信喜を知らないと言えば,その学生はまったく勉強をしていない学生であるといって間違いない.数学では高木貞治を知らない,物理学ではファインマンを知らない,化学ではアトキンスを知らないことに対応する.この首相答弁に対して首相の不支持・支持の両派から失笑と落胆の声がネット上で相次いでいる.

 しかし,安倍晋三君が学生であった1970年代には,この憲法についてのスタンダードな教科書は出版されていなかったのであるから,上の答弁で安倍首相がまったく勉強をしていない学生であったと断定することは無理があるかも知れない.ただ,当時芦部信喜氏は憲法学会をリードし,幾つかの著作も著していたのであるから,法学部の熱心な学生であれば,その名前くらいは知っていておかしくない.安倍晋三君は,少なくとも熱心な学生ではなかったとはいえるかも知れない.またその後,憲法についての勉強をほとんどしていないと断定しても問題なさそうである.

 しかし,私たちが問題にすべきことは,個人の尊重や人権の保障を包括的に定めている条文は何かという質問に答えられなかったことである.現行憲法第13条は,「すべて国民は,個人として尊重される.生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」として,「公共の福祉に反しない限り」,最大限の人権保障を謳っている.また,この「公共の福祉」は「国益」や「公益」といった抽象的なものや,また「多数のために個人が犠牲になること」を意味するのではなく,すべての人の人権がバランスよく保障されるように,人権と人権の衝突を調整することと解釈されている(注1).第13条は,第9条とともに現行憲法で最重要な条文であることは論を待たない.

 昨年4月に作られた自民党の改憲案では,この第13条を「公益および公の秩序に反しない限り」という文言に変えることにより,「公益」や「国益」に反すると時の権力(政府)が判断すれば,人権を制限することができるようにしている.自民党にとっても,この第13条の改憲は重要なポイントであるはずである.この重要な条文である第13条の内容を知らない自民党総裁・安倍首相が,いま改憲に踏み出そうとしている.

 聞くところによると,改憲案を作った自民党議員の中には「立憲主義」という言葉も知らない人が多いという.憲法の基本理念についてこんな無知である国会議員や首相に憲法を変える動きを自由にさせてはならない.

(2013.5.22/ E.M.)


(注1)「中高生のための憲法教室」 第9回 「公共の福祉」ってなんだろう?
http://www.jicl.jp/chuukou/backnumber/09.html参照