幸福の王国・ブータン(その一)
酒井嘉子
ヒマラヤ山脈の南側斜面に位置する、人口66万人のブータンという小さな国が、近年、一躍有名になった。ジグメ・シンゲ・ワンチェク前国王が、「国民総幸福度(GNH=Gross National Happiness)は国民総生産(GNP)よりも重要だ」と、GNHを提唱したのは1976年(当時21歳)である。各国が経済成長によるGNPやGDPの増大を追求し続けた結果、環境破壊や所得格差が深刻化し、人々が幸福感を失ってきた今日、世界は富の豊かさよりも心の豊かさを優先するブータンのGNHに注目し始めたのである。百聞は一見にしかず、友人と二人でブータンに旅をした。国で唯一のパロ空港は標高が2300m、これはブータンの感覚では高地ではない。私たちの旅は1000m~四4000mの山間の村々をめぐることになる。
ブータン人の顔は日本人にとてもよく似ている。女性は「キラ」、男性は「ゴ」という日本の着物のような民族衣装を日常的に着用している。子どもも大人も人なつっこく、笑顔が絶えない。人を騙す、物を盗む、お金を儲ける、などとは全く無縁の世界という雰囲気が漂っている。国民の9割が農民というこの国は、経済の尺度で測れば貧困国である。しかし、途上国では一般的な、物乞いや物売りは皆無であり、ホームレスもいない。
近代化を急がなかったブータンには大工場も高層ビルもない。国会議事堂、空港、寺院や僧院、住宅の全てが、木材と土や石で作られており、伝統的な建造物の外観で統一されている。屋根と窓枠部分はレンガ色で、窓枠や柱には華麗な装飾が施されていて、白い壁と共に、ヒマラヤ山麓の美しい風景と見事に調和している。まるで17~18世紀にタイムスリップしたかのような、ゆったりした時の流れがある。
ブータンの美しい自然環境と人々の豊かな精神文化を支えているのは、仏教とGNH思想に基づく政策である。チベット仏教のドゥック派を国教としており、国中、深い山の中や切り立った山頂近くにも、多くの宗教的な建物やシンボルを見ることができる。僧侶は大変尊敬され、大小の寺院に赤い衣をまとった沢山の子どもの修行僧の姿がある。政治は政教並立体制であり、政府は「目に見える世界」を統治し、宗教界は「住民の精神世界を」制御する。政府の最高責任者は王であるが、同等な権限をもつ宗教界の最高指導者、ジェー・ケンポは王に助言できる。
王族は国民のために精力的に活動しており、国民の熱い信頼と尊敬を集めている。GNHを提唱した前国王は、次々に民主的改革を行い、2005年自らの提案で王国から立憲君主国へと移行させ、GNHを盛り込んだ憲法草案を完成させた。2006年に、ワンチュク現国王に譲位。2008年に行われた戴冠式の様子は日本でも放映された(当時28歳)。若くてハンサム、おまけに独身の国王の人気は絶大である。
2005年、外務省主催で「ブータンと国民総幸福量(GNH)に関する東京シンポジュウム」が開催された。この小さな国が投げかけた波紋が大きく世界に広がっていくことを期待したい。
上:パロ空港ビル
タクッアン僧院
タシチョ・ゾン=官公庁と仏教総本山の入ったビル.午後5時以降は観光が許可される
国民から愛される国王の写真.I want you to love your country in the most intelligent manner. と書かれている
(2011.1.18)