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脱原発と2050年脱炭素化社会にむけて

JSA福岡支部講演会
「脱原発と2050年脱炭素化社会にむけて」
以下のようにJSA福岡支部講演会を行います.会場まで足を運ぶかあるいはZoom によるオンラインで参加ください.
日 時:5月9日(日)15:00〜17:30
会 場:久留米大学福岡サテライト・天神エルガーラオフィス6階
(国体道路側入口より、下図参照)
講 演:(1)岡本良治氏「福島第一原発事故後10年-教訓と課題-」 
講演資料
    (2)伊藤久徳氏「気候危機の現局面」            
講演資料
    (3)中西正之氏「2050 年カーボンニュートラルにむけてのエネルギー転換と
       その技術的展望」                   
講演資料

内 容:福島第一原発の過酷事故が発生して10 年が経ちました.また,地球の気候変化が気
候危機(climate crisis)と呼ばなければならないような状況になっています.この気候危機の
中で原発をどのように位置付けるべきか,気候危機の現段階をどう捉えるべきか,気候危機を乗
り越えるための技術や政策はあるのか,それらの問題を3名の専門家とともに考えます.


<報告>

(1)はじめに岡本氏は,2050年脱炭素化の実現のため「再エネ+原発」という組み合わせによる原発動員論が経済界や自民党議員から出てきていると中で,福島第一原発事故後10年の教訓と課題を分析することは,2050年脱炭素化の実現をめぐる課題を考える上でも意義があると発せられた.福島第一原発事故はチェルノブイリ原発事故以来のレベル7の過酷事故であり,初の複数原子炉の多重事故であった.廃炉工程は前人未到の技術的難題である.
 原発事故は複雑系における「ブラック・スワン(黒い白鳥)」事象(すなわち低頻度高影響事象)と捉えることができるが,その事故原因は階層構造をもちことが知られている.米社会学者のペロー(C. Perrow)は,巨大科学技術システムはその複雑性と相互依存性のために,重大な事故を起こすリスクを抱え込んでいると警告を鳴らした.原発事故は国内外へ波紋を広げた.ドイツ,イタリア,スイス,台湾は脱原発へ政策転換し,原発の安全性に対する国際的懸念を一挙に高めた.国内では原子炉廃炉21基などで火力発電が主力となり続ける.
 脱炭素化のために,特に2030年までの勝負の10年間に原発を使うという意見が出てきているが,原発の重大な事故を起こす危険性,新規制基準が安全を担保するものではない点,原発は事故がなくても環境に放射性物質を放出している点,高レベル放射性廃棄物の処理処分問題など,様々な否定的な面が多く使うべきではない.脱炭素化のための戦略は,持続可能性と世代間倫理から考えれば,省エネ(需要の削減と技術革新によるエネルギー効率の改善)と再エネ主力化,そして脱原発であるとされた.

(2)次に伊藤氏は,はじめにClimate ChangeにおけるChangeは変動ではなく「変化」であり一方的に変わることを意味しする.したがって,いま起きている気球温暖化は「気候変動」より「気候変化」が正しく,この変化は人類や地球にとっての大問題であるといわれた.IPCCの1.5℃特別報告書(2018年10月)通りに平均気温上昇を1.5℃未満に抑えるためにも,2050年前後にCO2の排出を実質ゼロにする必要がある.グレーテス国連事務総長は「Climate ChangeはもはやClimate Crisis(気候危機)である」と述べた(2018年9月).日本の環境省も2020年6月に気候危機宣言を行なった.しかし,この気候危機は,CO2排出を大幅削減すれば生活や経済が大変なことになると考えている一般の国民に十分に伝わってはいない.
 地球温暖化で問題なのは,気温の上昇が急すぎることであるという.変化が小さければ起こることは経験から予測できるが,変化が急すぎると経験が活きない.このまま温暖化が進めば,経験のないことが次々と起こり,それに対処できない時代となる.温暖化を止めるためには,講演会などあらゆる機会に市民に訴えていき,CO2排出削減・実質ゼロへの科学的な工程を,国民の不安を払拭する形で提起し,地方自治体や企業に対しても声を上げ,CO2排出実質ゼロを応援し,身の回りにCO2排出を減らし周りに広げていくことが必要と言われた.
 同時に,地球という観点から人間社会を捉え直し,地球のあり方に沿うように,生活の質も保証して,(化石燃料社会から)循環するもののみを使う社会へ転換していくことが大切で,また,「人の役に立つ」ではなく「地球の役に立つ」という考えや「地球は未来の子どもからの預かりもの」という考えも取り入れて社会のあり方を変革する必要があると結ばれた.

(3)最後に中西氏は,ヨーロッパを中心にして米国や中国など世界各国で脱炭素化の動きが急速に広がっていることが一般国民にも知られるようになった中で,2017年8月に第1回エネルギー情勢懇談会が開催されたと話し始められた.そこで,世界経済の中で2000年における火力および原発への投資が7兆円に対して,再エネへの投資は6兆円であったが,2016年には火力および原発14兆円,再エネ30兆円の投資になっていることが報告され,日本でも経済的危機感から脱炭素化の議論が始まったという.このエネルギー情勢懇談会で検討された脱炭素化の基本方針は,総合資源エネルギー調査会基本政策分科会に取り入れられることになる.
 2020年10月,菅首相は「2050年までに温室効果ガス排出を全体としてゼロにする,すなわち2050年カーボンニュートラル,脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言した.11月に開催された第33回総合資源エネルギー調査会基本政策分科会では,社会全体としてカーボンニュートラルを実現するには,電力部門では非化石電源の拡大,非電力の産業・民生・運輸部門(熱・燃料利用)では,脱炭素化された電力による電化,水素化,メタネーション(注:CO2と水素からメタンを生成する新技術)などを通じた脱炭素化を進めることが必要としている.
 電力部門では,以下が技術的イノベーションの必要なものとして挙げられている.CO2回収技術の確立,CCS(注:CO2を回収・貯留する技術)の適地開発,水素専焼火力の技術開発,アンモニア混焼率の向上,アンモニア専焼火力の技術開発など.産業・民生・運輸部門では,メタネーション設備の大型化のための技術開発,火炎温度の高温化のためのアンモニアバーナーなどの技術開発などである.これらの技術は2030年までに間に合うかという問題とともに,コスト的にどうかという問題もあるかもしれない.