北九州分会 2023年度 第2回例会
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北九州分会 2023年度 第2回例会
3月22日(金)に以下の例会が開かれた.今回の例会は、近年開発が進む量子コンピュータを取り上げて、その計算の仕組みや具体的な装置の構成から応用の方向性などを、出口博之氏に分かり易く解説していただいた。会議は対面形式(オンライン中継なし)で行われ、参加者は4名であった。
第2回<北九州分会>例会
日 時:3月22日(金)
講 演:「量子コンピュータとは何か?ーそのしくみと実用性について」 発表資料
講演者:出口博之氏(九州工業大学名誉教授)
<お話しの筋>
1.量子力学とは?
2.量子コンピュータの歴史
3.量子ビット・量子ゲート
4.量子コンピュータのしくみ
5.実際の量子ビットおよび量子コンピュータ
6.量子コンピュータで何ができるか
7.量子コンピュータの現状と課題
<報告>
量子コンピュータの開発研究が、巨大IT企業の力によるのみならず、幾つかの国では国家レベルの支援の下で、進められている。従来型のコンピュータが、「0」か「1」のどちらかに確定した値をとる「ビット」により演算するのに対し、量子コンピュータは、「0」の状態と「1」の状態を重ね合わせた「量子ビット」を用いて演算することで、計算処理能力が格段に高まるものと期待される。
この量子計算の原理を理解するには、ミクロな世界の力学である量子力学の基礎事項の理解が必要であって、講師はまず、シュレーディンガー方程式、不確定性関係、物理量の離散化(量子化)などの概説の後、物理状態の「重ね合わせ」、観測による「状態変化」、「もつれ状態」の存在という特徴を述べた。
続いて講師は、実際にその量子状態と量子力学的操作を介した量子コンピューティングの実現を目指した研究の歴史を概観した。量子コンピューティングの方式として、現段階では、量子ゲート方式と量子アニーリング方式が有力とみられるが、前者が汎用的な計算に適す。これは、「量子ビット」に対し「量子ゲート」と呼ばれる演算を繰り返し施して処理していく、「ゲート」型である。出発となる「量子ビット」にはミクロの世界の状態、即ち∣と∣の重ね合わせ状態を使う。3ビットの例では、∣から∣までつの状態を同時並列的に処理できる。この量子並列性が高速計算を可能にしている。論理演算処理をする量子ゲートは幾種類もあるが、そのうち基本的操作として、NOTゲート、アダマール・ゲート(重ね合わせ状態を作り出す)、及びCNOTゲート(量子もつれ状態をつくりだす)を取り上げ、それらの操作を、状態ベクトルへの行列の積演算の形で示した。これら量子ゲートを順次並べて動的な操作指示表(量子アルゴリズム)ができる。一例として、素因数分解についての「ショアのアルゴリズム」が紹介された。さて実際の量子ビットとしては、光量子ビット、超電導量子ビット、イオン・トラップ量子ビット、またシリコン量子ドットなどがあるが、いずれもノイズに弱い、という問題が指摘された。そこで量子誤り訂正技術が必須になってくる。
一体、量子コンピュータはどんな問題を解くのを得意としているのか。計算方法は分かっていても、従来型スパコンを使っても非常に長時間の計算時間がかかり、事実上解けないような問題として、「巡回セールスマン」問題、「ナップザック」問題、化学物質を合成するために最適な反応計算や新薬の薬効シミュレーションなどがある。この中のミクロな化学計算を含む問題では、電子の従う量子力学的ルールを量子コンピュータのアルゴリズムが自然に表現できること、が計算高速化のポイントである。
講演は、量子コンピュータの現状と課題の項に移り、まず、米欧中を中心とする海外と日本において、政府主導でこの研究開発や人材育成への投資が大幅拡充されていることを注意して、日本政府の推進する「量子技術イノベーション戦略」を分析した。そうした状況下で講師が重大な懸念を寄せている問題は、第一に、量子コンピュータ(量子情報技術)が軍事転用される可能性である。一部の国々がこのテクノロジーによって覇権国の地位を確定させる恐れにつながる。第二に量子コンピュータと人工知能AIの融合の将来像である。この融合により現在より格段に大規模かつ複雑なデータを基にしたAIが実現されれば、人間社会のあらゆる分野でAI依存が一層強まるのではないか。
討論に入って、参加者から、量子力学の基礎概念に慣れていないため量子コンピュータのメカニズムがよく分からない、という反応が出されたが、それに関する再説明も含め、質疑は大いに盛り上がった。議論は、量子ゲートにおけるオペレーションの実際や誤り訂正の方法、更には、「重ね合わせ」とか「量子もつれ」状態をもっと平易にイメージできる方法はないか、とか、暗号が量子コンピューティングにより容易に解読されるようになったその先、といったことがらにも議論が及んだ。
今回の話題は、従来の量子力学と情報科学のそれぞれの枠を超えるか、又は融合した分野の最新の話題として、参加者に新鮮な刺激を与えるものとなった。
(報告者:西垣 敏)