話題提供者:中西正之氏
標題:米国・原子力規制委員会・技術報告NUREG/CR-6042, Rev. 2について
- はじめに
・NUREG/CR-6042 1)は、米国原子力規制委員会(NRC)が発行した技術報告であり、商用軽水炉原子力発電所の過酷事故に対するリスク対策の歴史、実績、教訓をまとめたものである。NUREG/CR-6042, Rev. 22)はその改訂2版である。
・原発の運転差し止めを求める訴訟では、原子力基本法第2条第2項の「確立された国際的な基準」としてIAEAの5層の深層防護が挙げられ、その第5層(避難計画)の不備が指摘されることが多い。
・しかし、深層防護の論理的説明は少なく、その背景には、各国の安全対策が住民保護よりも原発の国際的な信頼性維持を重視している側面がある。
・NUREG/CR-6042は、アメリカの原発関係者への安全教育資料として、深層防護対策の理解促進を目的としている。 - NUREG/CR-6042, Rev. 2 の構成
1) 安全概念の発展、1946-1975
2)過酷事故の観点
3) 原子炉容器内での事故の進行
4) 格納容器における事故の進展
5) 敷地外事故の影響
この報告書自体は、深層防護報告書ではなく、商用軽水炉原発のリスク対策報告である。 - 各セクションの概要
3.1. 安全概念の発展、1946-1975
・初期のアメリカでは、核技術の秘密保持と人身被害最小化のため、原発は人口密集地から離れた場所に設置されていた。
・民間企業への原発開発呼びかけ後、放射性物質の封じ込め強化が目指された。
・初期の報告書(WASH-740)は悲観的な推定をしていたが、後の技術情報文書(TID-14844)により見解が緩和され、これが規制基準の元となった。
・「チャイナシンドローム」の概念が登場し、格納容器による核燃料デブリの完全な閉じ込めの困難さが示唆された。
・ブラウンズフェリー原子力発電所での火災事故(1975年)は、制御ケーブルの火災が安全装置を機能不全に陥らせ、メルトダウン寸前まで至った。この事故は、未知の危険に対する深層防護の重要性を再認識させた。
・「ラムッセン報告・WASH-1400」では、確率論的リスク評価(PRA)が導入され、原発のリスク評価手法が発展した。PRAはまだまだその全面的な適用と、信頼性には大きな弱点が有り、その 弱点を埋めるために深層防護が最大の補助手段となっている。
3.2. 過酷事故の観点
・スリーマイル島原発(TMI-2)事故とチェルノブイリ原発事故は、大型原発で初めて発生したメルトダウン事故であり、原発の安全性に対する大きな疑念を生んだ。これらの事故は人的ミスが起因であった。
・これらの事故後、事故対策やメカニズム解明は熱心に行われたが、福島第一原発事故後の対応と比較すると、その熱意に差が見られる。
・「バックフィット規則」により、既存の原発にも新規の安全対策設備の設置が求められるようになり、安全対策の重要な手段として重視された。
・「全交流電源喪失」は、炉心損傷頻度の重要な要因であることが一貫して確認されているが、日本の原発界ではこの点が軽視され、福島第一原発事故の直接原因となった。
3.3. 原子炉容器内での事故の進行
・TMI-2事故では、原子炉容器内で大量の核燃料が溶融し、その後の詳細な調査とデブリ撤去が行われた。
・「容器内燃料・冷却材相互作用」では、アメリカにおける原子炉圧力容器内での水蒸気爆発の危険性について検討されたが、危険性は少ないとの見解が多数を占めた。
3.4. 格納容器における事故の進展
・原発の設置場所が人口密集地に近づくにつれて、高性能な格納容器による放射性物質の閉じ込めが重要視された。
・沸騰水型(BWR)原発は、ベントガスを水中に通すウエットウエルや、蒸気駆動ポンプによる炉心冷却(RCIC)の利点がある一方、格納容器強度が加圧水型(PWR)に比べて弱いという欠点がある。
・PWRは、交流電源喪失時に格納容器内の蒸気処理能力が限定的であり、格納容器破裂の可能性が指摘されている。
・TMI-2事故やチェルノブイリ事故を経て、アメリカでは格納容器の損傷と被害を最小限に抑える方法が熱心に検討され、深層防護の第4層対策として位置づけられた。
・主な損傷要因として、蒸気スパイク、水蒸気爆発、格納容器の直接加熱、水素燃焼などが挙げられる。
・BWRの格納容器の欠陥は、福島第一原発事故における2号機の格納容器一部破損による放射性物質放出で確認された。
・福島第一原発事故では、水素が格納容器から漏洩し、原子炉建屋上部が崩壊、大量の放射性物質が飛散した。水素制御は重要な対策であるが、水蒸気爆発対策などは、アメリカの現状と同様に、日本の新規制基準でも対象外となっている。
3.5. 敷地外事故の影響
・このセクションは、IAEAの深層防護第5層に相当し、放射性核種放出の可能性、健康影響、公衆防護措置、緊急時計画プロセスについて説明している。
・「ソースターム」では、放射性核種の種類による拡散しやすさや人体への影響の違いが説明されている。
・チェルノブイリ事故での放射線放出量は、TMI-2事故と比較して桁違いに多かった。
・事故発生時の放射線量への影響は気象条件に大きく左右されるため、大気中の汚染物質拡散研究が熱心に行われてきた。
・日本の原発防災対策は、アメリカの対策を参考にしている側面がある。 4. まとめ
・NRCの安全対策文書は冗長で難解なものが多いが、NUREG/CR-6042, Rev. 2はアメリカの原発関係者向けの教育資料として簡潔にまとめられており、アメリカの5層の深層防護の神髄を理解するための入門書として最適である。
・将来的に原発の稼働基数が減少したり、新設がなくなったりした場合でも、原発事故以外の災害に対する深層防護の安全対策は極めて重要である。
・深層防護の本質を理解することは、将来起こりうる様々な大規模災害への対策としても有効な参考となる。
<引用文献>
1)Perspectives on reactor safety(NUREG/CR–6042; SAND–93-0971; ON: TI94009375; BR:
GB0103012, By Haskin, F. E; Camp, A.L.
https://doi.org/10.2172/10139184
2)Perspectives on Reactor Safety (NUREG/CR-6042, SAND93-0971, Revision 2,
Prepared by: F.E. Haskin, A.L. Camp, S.A. Hodge, D.A. Powers, March 2002
https://www.nrc.gov/docs/ML0912/ML091250169.pdf
(URL-B)
https://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/nuregs/contract/cr6042/index.html
<質疑応答>
質問:「671ページ分(*)の長文だが、アメリカの原子力規制における5層の深層防護の神髄を理解するための入門書としては、最適な資料と思われる」ということですが、誰に取っての入門書かについて疑問があります。質問者から見ると、当該資料は一般市民向けではないことはほぼ明白ですが、脱原発運動家にとっても英文で671ページ(*)の文書が入門的であると見なすのは無理があると思います。原子力規制に関心をもつ研究者、技術者にとっても、入門書ではなく、基本的文献の1つであると思います。質問者も忸怩たる思いですが、脱原発運動において、分析、論述、情宣を行う場合には誰を主たる対象者であるかを十分に意識して、準備しなければ、その目標は十分には達成できないと思います。
(*):NUREG/CR-6042, Rev. 2のURLは上記の2つあり、総ページ数は671ページ(URL-A)、765ページ(URL-B)のように異なる。
(文責:岡本良治)

