2025/12/08 「日本の科学者」読書会12月例会の報告

 JSA福岡支部の「日本の科学者」12月の読書会は,定例の第2月曜日12月8日(月)14時からオンラインで開催されました.参加者は今回も前回と同じメンバー4名でした.特集「主権者を育てる」の最初の3論文(大倉,大津,林)の概要を3名の会員が紹介して主権者教育について諸外国の実情と日本の状況を比較しながら意見を出し合いました. 3論文の紹介の概要は以下の通りです.
 大倉論文「主権者教育の小さな試み」では,著者が教えている専門学校の学生に辺野古ゲート前デモへの共感が弱いのは憲法理解不足が原因と考え,担当授業の余剰時間を使って憲法ミニ授業を実施し,それが市民デモ理解や主権者意識の向上に一定の効果が見られたと報告しています.
  ミニ授業は,受講生に「日本国憲法の3原則について覚えていますか?」,「憲法は誰に向けられた法律でしょう?例えば刑法は国から国民に向けられた法律です.それでは憲法は誰に向けられた法律ですか?」,「私たちは何もしなくても良いのですか?あるいは,何をしなければならないのでしょう?」という3つの質問に応えてもらい,その結果に基づいて憲法について説明をするという形式で行ったことが具体的に紹介されています.
 ニーメラーの言葉「ナチスが最初共産主義者を攻撃した時,私は声をあげなかった.・・・・そして,彼らが私を攻撃してきたとき私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった.」の紹介なども含めて「まずは,憲法に関心を持ちましょう.そして国の権力が憲法違反をしていることに気付いたら声をあげましょう.声をあげる人を応援しましょう.それぞれの場所で出来ることをやりましょう.これが不断の努力だと思います.」とミニ授業のまとめとしたそうです.ミニ授業に対する受講生の感想として「立憲主義を初めて理解した」,「ニーメラー牧師の言葉が印象に残った」,「声をあげることが大切だと思った」などが紹介されています.
 著者のまとめとして「憲法知識不足による権力への無批判な支持への危機感から,ミニ授業を開始したが,市民デモの憲法上の根拠や主権者の活動範囲,有権者と主権者の違いを教える必要がある.」との意見が述べられています.
 読書会での論文紹介者は,「元医学部の教師がわずか15分の空き時間を利用してこのような試みをしているのは,頼もしい限り.基地に囲まれた琉球大学の先生だからか.もっと全国のあちらこちらでこのような試みがされると良いと思う.学生がデモに参加していたという話は後日談としてないのだろうか?」との感想を待たれたようです.
 大津論文「フランスにおける主権者(市民)教育」で著者は,フランスの義務教育では,知識の伝達に加え,共和国の価値を共有する市民教育が重視されていることを強調しています.その中で共和国の価値に基づいた教科としてのEMC(Enseignement moral etcivique道徳と市民性の教育)と学級・学校運営における整備された生徒参加の制度によって一貫した市民性教育が行われていることが詳しく紹介されています.また,2020年(パリ協定で決定された協定内容の実施期間の始まり年)以降は,EMCに「環境教育」が追加され,各クラスから環境代表が選出されて環境問題に関するプロジェクトを主導し,情報を共有し,活動を評価する役割を担うようになっています.
 幼稚園から高校まで,市民教育を通して共和国の価値を理解し,自分の判断で行動できる市民を育成するために,小学校1年生から高校まで学年を追ってどのような内容を身につけるかが合理的に細部について定められていることが示されています.また,他教科をも含めて学校教育全体で市民性の育成が目指されていることも,具体的に紹介されています.フランス語の時間は「自分の言いたいことが言える,人の言うことがきけること」,数学の時間は「論理的に考えることができること」,理科の時間は「環境保護に関すること」,歴史地理の時間は「世界の文化を理解すること」といったように市民性を学ぶという目的に各教科の学習も寄与するものと位置づけられているようです.
 学級・学校運営における生徒参加の仕組みとして,生徒の学習状況や学校運営について,学級評議会,学校管理評議会,中学校・高校生活評議会で議論されるが,生徒代表はこれらの評議会に参加し,予算や校則,学校行事などについて校長・教師・保護者・地域代表と同じ比重(各代表1人1票)で決定権を持つことが紹介されています.また,高校生段階ではアソシエーションとして「高校生の家」を組織し,クラブ活動やイベントの運営資金を生徒だけで管理運営するそうです.
 最後に,フランスの学校では,民主主義を道徳・市民教育で実生活に結びつけ,生徒参加制度を通じて実践的に学んでおり,選挙で選ばれた代表生徒は意見表明,非代表生徒も意見集約を通じて学校参加意識を育み,将来的な民主主義への参加につなげているとまとめられています.
 林論文「子ども時代から民主主義を実感するドイツにおける選挙と主権者教育」では,模擬選挙普及推進に取り組んでいる筆者が,2025年ドイツ連邦議会議員選挙に合わせた模擬選挙を4都市で視察したことを中心にドイツの実情が報告されています.そこでは,まず,ドイツ連邦議会議員選挙は満18歳以上が投票権を持ち,複数代表法で実施されこと,選挙運動は表現の自由が重視され,物品配布も制約がないが,公的資金の透明性と公正なメディア利用が確保されていると紹介されています.
 ドイツの主権者教育の理念と実践については,民主主義教育は,批判的思考力や多様性の尊重を重視し,社会科や政治教育で民主主義の原則や選挙制度などを学び,模擬選挙やボイテルスバッハ・コンセンサスにより,生徒の主体的な政治参加を促していることが紹介されています.
 このボイテルスバッハ・コンセンサスとは,1976年にドイツの著名な政治教育研究者らがバーデン=ヴュルテンベルク州レムス=ムル郡ボイテルスバッハ(ドイツ語版)で議論し発表した、以下の3項目にまとめられる政治教育(独: Politische Bildung)の基本原則です.(1) 教員は生徒を期待される見解をもって圧倒し,生徒が自らの判断を獲得するのを妨げてはならない.(2) 学問と政治の世界において議論があることは,授業においても議論があることとして扱わなければならない.(3) 生徒が自らの関心・利害に基づいて効果的に政治に参加できるよう,必要な能力の獲得が促されなければならない.
 ドイツ連邦議会議員選挙に伴って,学校中心の「Junior Wah!」(1998~)と地域中心の「U18」(1996~)が模擬選挙を実施しているそうです.そこでは,中高生は労働,環境,移民問題に関心を示し,教員は民主主義教育に腐心しているようです.また,模擬選挙では公開討論会で小中学生が政治家と直接対話する機会を提供し,政治への理解を深める工夫ための実践がなされてようです.また,ドイツでは子どもの時期からそうした政治家との対話イベント,学校・地域プロジェクトなど,多様な市民参加方法が確立されており,若い世代も主権者としての自覚を持ちやすくなっています.さらに,移民への主権者教育も充実していることが報告されています. 
 著者は最後に,ドイツの選挙制度と主権者教育は民主主義を支え,市民の責任と社会関心を育み,情報の偏りや分断などの課題もあるが,民主主義土壌作りに取り組む姿勢は学ぶべきものとして評価しています.
 3つの論文の紹介を受けて討議を行いました.フランスやドイツにおける主権者教育に比べて日本では,選挙権が18歳以上に変更された直後においては一時的に高校における「有権者」教育が高まった時期はあったが,その後はその高まりは続かず,その結果として中等教育を終えて主権者の一員となった若者の憲法についての基本的知識の欠如があると実感するという意見が出されました.また,フランスやドイツにおける実践的な主権者教育が幼少期から行われていることにも感心するとの意見もありました.
現在の日本の政治状況下での若者の選挙に対する動向にも主権者教育が大きく影響していることを考えるとその改革が望まれるところです.特集に日本の初等中等教育における主権者教育の実情を解説する内容があれば,読書会の議論がより深まったかもしれません.    (報告:小早川義尚)

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