2024/06/21 「モンティ・ホール問題について」       押川元重

モンティ・ホール問題は、アメリカの視聴者参加のテレビクイズ番組を契機として出てきました。会場に大きな3つの箱が置かれ、司会者が番組参加者に「これら3つの箱の1つに車が入っています。当ててください。」と言い、番組参加者が1つの箱を選びました。司会者は選ばれなかった箱の1つを開けて、中に車が入っていないことを示した後で、「あなたが選んだ箱とまだ開けていない箱を取り替えてもよいです。どうしますか?」と言いました。番組参加者は交換を望みませんでしたので、司会者は選んだ箱を開けましたが、その箱には車が入っていませんでした。司会者は「実は、箱を交換したほうが、車が入っている確率が2倍だったのです。」と言いました。番組終了後に、司会者が最後に言った言葉は誤っていると、高名な学者を含めた議論の的になりました。
 これは選択枝が3つの当てるゲームの問題です。この問題の枠組みの中だけでなく、さらに一般化した枠組みによってしか、説得性のある解明はできません。選択枝も多く、等しい確率ではない当てるゲームを考えることが必要です。選ばれた箱は開けることができません。この箱を開けると問題そのものがなりたたないからです。つまり、選ばれた箱からは情報を得ることができません。開けて車が入っていないことが確認された箱は3つの箱の中から取り出されたのではなく、選ばれなかった2つの箱の中から取り出された箱です。そうした意味で、制限された情報です。制限の無い情報と制限の有る情報の違いに注目することが必要です。制限の無い外れ情報(全体)は、確率を用いて情報処理されます。制限のある外れ情報(部分)は、その制限を条件とする条件付き確率を用いて情報処理されなければなりません。このような全体と部分との間の整合性は重要です。確率は数の計算によって取り扱われます。数の計算は括弧の内の計算と括弧の外の計算は同じ計算規則のもとで行なわれるように、全体と部分の整合性が前提です。したがって、確率を用いる情報処理は全体と部分の整合性が前提です。確率に関わる情報処理における全体と部分の整合性は、一般的かつ具体的に検討が必要ですが、ここではそれを前提として説明します。
モンティ・ホール問題に戻ります。選ばれた箱を箱g、開けられて車が入っていなかった箱を箱v、残りの箱を箱rと呼ぶことにします。また、箱g、箱v、箱rに車が入っている確率をそれぞれp、q、rとします(p+q+r=1)。繰り返しますが、箱vに車が入っていなかったのは、3つの箱g、v、rのなかでの箱vにではなく、2つの箱v、rに制限したなかで箱vに車が入っていなかったという制限された情報ですから、2つの箱v、rを条件とする条件付き確率で情報処理しなければなりません。2つの箱v、rを条件とする条件付き確率では、車が入っている確率はそれぞれq/(1-p)、r/(1-p)です。それが0、1になります。それをもとの確率にもどすと、0、1-pになります。したがって、3つの箱g、v、rに車が入っている確率はそれぞれp、0、1-pになります。3つの箱に車が入っていることが等確率で保証されるときは、p=1/3ですから、箱rに車が入っている確率1-p=2/3は、箱gに車が入っている確率p=1/3の2倍になります。
この考えかたは、制限された情報は条件付き確率で情報処理をするという全体と部分の整合性がもとになっています。しかもこの考え方はシミュレーションの結果とも合致しています。全体と部分の関係はさまざまなことがらについて存在します。一般的に物事を思考する哲学が軽視されるようになった今、あらためて全体と部分についての関係を考える契機の1つにならないでしょうか。

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<第4回JSA福岡支部談話会>
日時:2024年6月30日(日)10時00分~12時00分 (Zoomによるオンライン会議)
話題:「モンティ・ホール問題について」
話題提供:押川元重氏

<報告>
5月12日に開催された支部定期大会の活動方針の中に、「支部ニュースに会員の投稿記事も掲載していく」ことが示され、「エッセイと討論のための広場」というコラムが支部ニュースに連載されることになった。福岡支部ニュースNo.286(6月21日発行)に、そのコラムNo.1として、会員の押川元重氏の「モンティ・ホール問題について」が掲載された。そして、この記事を話題として第4回福岡支部談話会(オンライン)が開催された。この「モンティ・ホール問題について」についての説明は、押川氏による支部ニュースの記事(支部ホームページにも掲載)に詳しく書かれているので、そちらを参照していただきたい。以下、簡単に「問題」を紹介する。アメリカのテレビのクイズ番組で番組司会者が、番組参加者の1人に「3つの箱の1つに車が入っているので、1つ選んでください。」という。指名された参加者が1つの箱を選んだあとで、司会者は、選ばれなかった2つの箱の1つの箱を開けて、中に車が入っていないことを示し、参加者に「選んだ箱と、まだ開けていない箱を取り換えてもよいがどうするか?」と尋ねるが、参加者は交換を望まなかった。参加者の選んだ箱を開けると、車は入っていなかった。司会者は「実は箱を交換した方が、車が入っている確率が交換しない場合の2倍であったのです。」と言った。この最後の司会者の言葉が間違っているのではと、高名な学者を含めて議論となった。
結論として、司会者の言ったことは正しいのだが、「箱を交換してもしなくても確率は変わらないのでは」と考える方も多いと思う。
押川氏は、この「問題」を確率の問題として一般化した枠組みの中で取り扱い、制限のある情報と制限のない情報の違いに注目する必要であると説明された。上の問題の場合、制限された情報とは、参加者が選んだ箱は開けることができず、開けて車がなかったことが確認された箱は、選ばれなかった2つの箱から取り出された箱であるということである。そして、その制限を条件とする条件付き確率を用いて情報処理することにより正しい確率が計算されることになる。懇談会では、このことを簡単な数式と図を用いて丁寧に説明された。さらに押川氏は、この「問題」の箱の数や選ぶ個数、交換する個数などを変えた拡張した「問題」を考案されて、その場合の交換した場合、しない場合の確率について解説された。これらの確率の問題の考え方は、制限された情報は条件付き確率で情報処理するという全体と部分の整合性がもとになる。一般的に物事を思考する哲学が軽視されている今、あらためて全体と部分について考えることの重要性を強調された。討論では、「モンティ・ホール問題」をめぐる確率の議論のみならず、昨今の学問、数学論、教育論にも話題が広がり、参加者は6名と少なかったが議論は盛り上がり、楽しい懇談会であった。
 蛇足となるが、報告者が「モンティ・ホール問題」を知ったのは、つい最近で本懇談会の3か月前に朝日新書の「宇宙する頭脳 物理学者は世界をどう眺めているのか?」(須藤靖著)を購入し、その中に「人生に悩んだらモンティ・ホール問題に学べ」という章を読んで、初めて知りえた。著者の須藤氏もこの「問題」の正解に戸惑い、最初は、「箱を交換してもしなくても確率は変わらないのでは」と考えたそうだ。この著書で得られた情報を補足すると、1963年から1977年まで放映されたアメリカのテレビ番組「Let’s Make a Deal」で行われたのがこの「問題」の原型となったゲームで、その番組の司会者がモンティ・ホールである。そしてこの「問題」が全米で大きな話題となったのは、雑誌「Parade」の名物コラム「Ask Marilyn」が発端で、1990年に読者からのこの「問題」についての質問に「変更した方が、車が当たる確率は2倍になる」とコラムニストのマリリン・ボス・サバントが“正しく”回答した。しかし、この回答に対して最終的に1万通を超える反論の投書が寄せられ、しかも数学者も巻き込んで論争となった。以降、モンティ・ホール問題とよばれるパラドクスとして広く知られるようになったそうである。
(報告者:出口博之)